孤独な介護3~メンタル崩壊で病院へ
こんにちは、Uターン主婦のネロリです。
ご訪問いただき、ありがとうございます。
これまで何度か、母(86歳)の介護について書いてきました。
父の死後、一人暮らしだった母の様子がおかしくなったのが、6~7年前くらい。
アルツハイマー型認知症と診断され、要介護2の認定を受けたのは4年前です。
それからは、怒涛の日々でした。
認知症については、本も読みましたし、
周囲に認知症の親御さんを持っている人もいましたので
頭では理解しているつもりでした。
経験豊富な主治医の先生や、ケアマネさんは、
半年後、一年後を見据えてのアドバイスをしてくださいましたが、
それを聞いても、実感がわかないというのが正直なところでした。
当初のわたしの思いは、デイサービスを利用しながら、
母が何とか一人暮らしを続けられるように、わたしがフォローするというものでした。
人と接するのが好きな母は、デイサービスにもすぐ慣れてくれて、
わたしは、そんな生活が3年くらいは続くだろうと思っていました。
ところが、予想以上に母の衰えは早く、
1年ほどで、薬の飲み忘れや、お金の管理、買い物や料理など、
自分のことができなくなってきました。
このまま一人暮らしを続けさせるのは危険だと、同居を決めましたが、
それでも、母が寝たきりになるまでは、自宅で介護できると思っていました。
認知症という病気に対する認識が、まだまだ甘かったのかなと思います。
わたしは、認知症患者というのは、物忘れがひどくなって、
ぼーっとしているという先入観を持っていたのですが、母は違いました。
もちろん物忘れもあるのですが、大変だったのは「確認」です。
同じことを何度も、それこそ壊れたレコードのように
1分おき、2分おきぐらいに聞かれるのは、本当にしんどかったです。
夫のうんざりした顔を見るのも、辛かったです。
あとは、不機嫌になったり、自分のミスを取り繕ったり、人の悪口を言ったり、
おかしな作り話をしたり、突然激昂したりが大変でした。
わたしを罵倒し怒鳴りつけておいて、10分も経つとすっかり忘れ、
「今日のおやつは?何か甘いものないの?」と平気で言ってきます。
認知症だと頭では分かっていても、感情がついていかず辛かったです。
どんどん人格が変わり、自分のことができなくなっていく母。
2年後には、要介護3と認定されました。
病気の進行のはやさに、介護する側のわたしはついていくのが精一杯。
一番辛かったのは、母が当たるのがわたしだけだったということ。
「この親不孝者」「こんな牢屋(新築の家)に閉じ込めて」
「そんなに親が憎いのか!」何度も繰り返し責められました。
認知症の人って、同じことを話すときに、
まったく同じ言葉づかい・言い方をするんですよね。
自分の母ながら、不気味に感じることもありました。
それなのに、ご近所さんには、いつもにこにこ。
「娘さんが来てくださって、本当によかったですね」と言われると、
「そうなんですー。もう娘には頼りっぱなしで」と満面の笑顔。
そのたびに、「家の中でもそのくらい笑ってよ」と思いました。
そのうち、日付や季節がわからなくなり、孫の名前も忘れ、
自分の誕生日も忘れてしまいました。
とつぜん幼児言葉になったり、夜中に徘徊したり、
大声で叫んだりするようにもなりました。
それでも、日中はっきりしている時は、
わたしを相手に、デイサービスやショートステイの不満を
延々と言ったりしました。
最終的にメンタルが崩壊したのは、わたしの方でした。
当時、といってもほんの2か月半くらい前のことですが。
当時の症状
○なにごとにもやる気が出ない。どうでもいい。
○着替え、入浴、化粧など、すべてが面倒。
○下痢、頭痛、不眠。
○世の中の動きに無関心。
○食欲がなく、食べ物の味を感じない。
○書類にミスが多くなった。時々頭の中が混乱する。
○母の目を見るのが怖い。
○母の部屋の中を見るだけで、吐き気がする。
○時々、母を手にかけてしまうのではないかと不安になる。
○周囲に心配をかけたくなくて、明るく振る舞うのが辛い。
○消えてしまいたい。どこかに逃げ出したい。
思いついただけで、こんな感じです。
今から振り返ってみても、本当におかしかったと思います。
わたしには、夫や妹やケアマネさんなど、
わたしの異変に気づいてくれる人がいたので助けてもらえましたが、
もし、母と二人きりの状態だったらと考えると、
それこそ恐ろしいことが起きてしまったかもしれません。
メンタルクリニック通院は、今も続いていますが、
感情はだいぶ安定しています。
ホームに入っている母とは面会はできませんが、
ホームのケアマネさんや職員さんから
様子をこまめに聞くことができますし、
母も仲良しさんができて、楽しく過ごしているようなので、ほっとしました。
いつ親を施設に預けるのか。
わたしもここ数か月、本当に悩みました。
特に認知症の親の場合、病気のために人格が変わってしまっていたり
自分が認知症だと理解していないため
親も子も納得の上、円満に入所……というのは
かなり難しいのではないかと思います。
母の場合は、わたしが倒れたことで、末妹が緊急出動?し、
ケアマネさんが探してくれたホームに、緊急避難。
そして、そのまま母を入所させるという、
何ともなし崩し的な流れではありました。
でも、「これもご縁。終わりよければすべてよし」
と思って、母が穏やかな時間を過ごせるよう、日々願っています。
備忘録:
ようやくわたしにもコロナワクチンの接種券が届きました。
さっそくネットで申し込むも、やはりファイザーは人気が高いらしく
最短でも4月後半以降からしかありませんでした。
わたしはなるべく早く打ちたいので、近くの区民センターに申込みました。
モデルナのせいか意外と空きがあり、さっそく来週接種してきます。
先日の茨城ドライブから、筑波山。
茨城の梅はまだまだでした。
やはり利根川を超えると、気温が2度くらい低くなりますね。
お読みいただき、ありがとうございました。
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