キャラは薄いけど、苦労人の父のこと

ネロリ

こんばんは、Uターン主婦のネロリです。
本日もご訪問いただき、ありがとうございます。

ここ数日、ジミ夫に始まり、妹たちや母のことをボコボコに書いてしまいました。
よほど、わたしの中にドロドロと鬱屈した思いが溜まっていたのでしょう。

自分のことを棚に上げて、随分なヤツだなと反省しています。

実家の家族に関しては、色んな思いがあり、また書いてしまいそうな気はするのですが、
その都度、自分を省みることは忘れないようにしたいと思います。

父のこと

キャラの濃い母の影で、ほとんど登場しないわたしの父ですが、
母と違い、かなりの苦労人です。

父の父親(わたしの祖父)は、職業軍人でした。
なので、父が子供の頃、つまり戦前は、かなり裕福に暮らしていたようです。
戦争が始まる少し前、祖父は家族と共に台湾に赴任しました。
そして、そこで終戦を迎えました。

父親が職業軍人だったこともあり、命からがらな思いで日本に引き上げてきたようです。
屋敷は空襲で焼けてしまって住むところもなく、仕方なく土地を売り
親戚の伝手で、今、我が家のある土地に引っ越してきたそうです。

そんな風ですから、父親は無収入、兄は病気、姉たちは結婚していましたが、
小さな妹がいて、父は奨学金で大学に行きながら建設現場のアルバイトなどをして、
家計を支えていたそうです。
就職してからも、ずっと実家に仕送りをしていたと母から聞きました。

そんな苦労人の父と、さほど戦争の影響も受けず田舎でのんびり育った母が、
なぜ結婚したのかは、謎です(笑)。

祖父の従兄の紹介、つまりお見合いだったのですが、
父は、母がとても健康そうなので(やや太め)、
転勤の多い仕事柄、この人なら大丈夫だろうと思ったのだとか。

母は、あまり乗り気ではなかったようですが、母の母親(わたしの祖母)が、
父を非常に気に入って、のんびり育った娘を託すのはこの人しかいないと言ったそうです。
祖母は元教師だったので、人を見る目があったのでしょうか(笑)。

まあ、そんなわけで、父と母はめでたく?結婚しました。
夫婦仲はとても良くて、母は父のことを大尊敬していました。
夫婦喧嘩をしたことも、ほとんどありません。

ただ、お父さんの顔に泥を塗るようなことはするなといつも母に言われ、
それだけはとても窮屈でした。

父があまり体が丈夫でなかったこともあり、
転勤には必ず家族でついて行き、単身赴任ということはありませんでした。

海外に赴任が決まった時も、日本人学校があった妹たちはついて行き、
現地に適当な高校がなかったわたしは、一人で日本に残りました。

生前の父はよく、母がいなかったら、ここまで長生きできなかったと言って、
母にとても感謝していました。
そんなこともあり、母を甘やかしたのかもしれません。

真面目で穏やかな性格でしたが、ユーモアのセンスもあって、
わたしは父のことが大好きでした。

転校するたびに、教科書が変わり苦労しているわたしたちに、
勉強を教えてくれたのも父でした。
仕事一途のように見えて、とても家族思いの人でした。

長年の持病が悪化し、76歳で亡くなりましたが、
病院で父のおむつを替えたのも、今ではいい思い出です。

もう亡くなって15年も経っているので、
思い出補正がかかっているのかもしれませんが、
生まれ変わっても、また父の娘として生まれたいと思います。

母は・・・どうかな。
ああいう母だけれど、やっぱり母の娘として生まれたいですね。

見栄っ張りで、融通が利かなくて、人の気持ちがわからず、
娘たちとは衝突することも多かったけれど、
社交的で明るくて、友人はとても多かったです。

内向きなわたしは、母のような派手な?生き方はできないけれど、
ささやかで穏やかな老後を過ごせたらいいなあと思います。


おわりに

neroli_465.jpg
逆光であまりうまく撮れていませんが、茨城の家の庭です。なつかしや〜。

また、長々と書いてしまいました。
もっと簡潔にシンプルなブログにできればいいのですが、
元々のマキシマリスト気質なのか、あれもこれものブログになってしまっています。
困ったものです。

今日もそんなブログにお付き合いいただき、ありがとうございます。
コメントをいただくと、自分が何を思っていたのか、新たに発見することも多く、
第三者の立場で読んでいただけることは、本当に感謝しかありません。

応援ポチも、いつもありがとうございます。
どんな方が読んでくださっているのかなあなんて、見えない読者様を想像しております。
更新の励みになっております。
それでは、また。

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Comments 2

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そら

連日のコメント 失礼します。
茨城のおうちのバラ🌹 本当に素晴らしいの一言です。高貴な香りが 写真からも伝わります。
バラのお風呂 どこかの温泉♨️で入ったこと 思い出しました。🥰 こんなにたくさんの花びら どの様にお使いになっていたのでしょうか?

ネロリ
ネロリ
そらさま

そらさま、こんばんは。コメントありがとうございます。

旧自宅の薔薇、見てくださってありがとうございます。
狭い庭は、薔薇と宿根草で埋め尽くされていました(笑)。

一番花のシーズン中の庭は、薔薇の香りで満ちていました。
特に、朝は素晴らしく、庭に出るのが楽しみでした。

花は、部屋に生けたりはしますが、特に花びらを何かに使うことはなかったです。
そのまま枯れるタイプの品種もあれば、桜のように散る品種もあり、
枯れてしまう薔薇を放置すると、カビが生えて病気の原因にもなるので、
花がらを切っていました。

シーズン中、多い時は、一日でゴミ袋3個分くらいの花がらを切りました。
虫もけっこう付きますし、消毒したり、殺虫剤を撒いたり、なかなか忙しいです。
それでも、薔薇の世話をするのは楽しかったですね。

薔薇のお風呂、わたしも入ってみたいです。
自分の家でやってみたことはなく、今から思えば一度くらいやってもよかったかも。