世間知らずな母と、母に反発する娘たち

ネロリ

こんばんは、Uターン主婦のネロリです。
本日もご訪問いただき、ありがとうございます。

人をうらやむ母

昨日の母の贅沢な暮らしぶりの記事にいただいたコメントを拝見しながら、
ふと思い出したことがあります。

昨日の記事はこちら。

昨日も書いたのですが、母は、人の気持ちを察することができない人です。
子どもに対しては、自分の考えを押し付けるところがあり、
娘たちが何を考えているかなんて、想像したこともなかったのではないでしょうか。

父が亡くなってから10年ほどは、毎月のお墓参りの帰りに、
ずっと、母、わたし、次妹の3人でランチをしていました。

父が亡くなって寂しいだろうと、旅行を勧めたのはわたしでしたが、
母の贅沢な暮らしぶりをみて、上の妹はいい顔をしませんでした。
「お母さんは、自分が恵まれていることがわかっていない」とよく言っていました。

それに対して母は、
「わたしの周りは、もっとすごい人ばかりだから、そんなこと言われてもわからないわ」
と答え、妹の怒りを買っていました。

確かに、母の付き合っている人たちは、経済的に恵まれた人が多く、
母は、よくそういう人を羨んでいました。

わたしたち娘から見たら、母だってかなり恵まれていると思うのですが、
母は、家が古くて狭いことなどを、くどくどとぼやいていました。

母が、海外旅行やら宝石に費やしたお金を全部合わせたら、
小さな家が一軒建ったのではないかと思いましたが、
母にそれを言うと「そうなのよねえ」とまったく反省の色なし。

いつも、自分より上の人と比べては、羨ましがっている母でした。

母の生い立ち

母は秋田県出身、姉、兄、母、弟の4人きょうだいです。
お嬢様育ちで、上京して東京の短大に入り、卒業後は田舎に帰りたくないという理由で、
料理学校と洋裁学校へ1年ずつ通い(しかも修学旅行つき!)、
その後は、父親(わたしの祖父)に頼み込みんで、コネで東京の会社に就職しました。

就職と言っても大した仕事はせず(できず)、
会社側も「頼まれたから仕方なく預かっている」という感じだったらしいです。
昭和30年前後ですから、そんな世の中だったのですね。

24歳で父とお見合い結婚して、その後はずっと専業主婦。
働いてお金を稼いだり、お金のために人に頭を下げたことがありません。
ひとことで言えば、世間知らずな人です。

母と娘たち

上の妹は、母のそんなところを嫌っていました。
その当時、妹もパートをしていたので
「働いたことのないお母さんに、働く人の気持ちはわからない」と言っていましたっけ。
すると母も開き直って、
「仕方がないじゃない。わからないものはわからないんだから」と言い返し、
よくケンカになっていました。

先月、福岡から上京してきた末妹も、
「お母さんは、自分が良かれと思ってやっていることで、人を傷つけるのよ」
と言っていました。
末妹は、母にとてもかわいがられていたので、意外でした。

そして、わたしも、よく母とケンカしていました。
わたしの場合は、母が親戚や近所の人の愚痴を延々と言うので、
それにうんざりして嗜めると、母が逆ギレしてケンカになるというパターンが
多かったように思います。

娘3人が、3人揃って「お母さんとは合わない」と思っていました。

そして今は

そして、母は、数年前から認知症になりました。
わたしは、長女だからという責任感から母を介護しています。

でも、もしわたしに姉や兄がいたら、どうだったでしょうか。
もしかしたら、わたしは母の介護をしなかったかもしれません。

頼まれたら、たぶん手伝ったと思いますが、どうでしょうか。

上の妹が、昔、自分は次女でラッキーだと言っていたことがあります。
実家関係で何かをするとき、いつも音頭を取るのは長女のわたしで、妹たちは参加するだけ。

長女なんだからそれが当然だと思っていましたが、もしわたしが長女じゃなければ、
また違う性格になっていたかもしれません。

母がもう少し、娘たちを思いやれる人だったらなあと思います。
母が一番大切にしていたのは、夫(父)でした。

父が病気がちだったこともあり、母はいつも父を心配していました。
母の人生の70%くらいを父が占めていて、子どもたちは30%くらいでしょうか。
今から振り返ると、それも仕方ないとは思います。

母は、父のことをいつまで覚えているでしょうか。
最近は、父の誕生日や命日、亡くなった年齢を忘れてしまっています。

わたしは、顔も性格も、姉妹の中で一番母に似ていると言われているので、
ちょっと心配です(汗)。

母に比べたら雑草育ちだし、世間知らずではないつもりだけれど、
将来、家族に迷惑をかけないようにしたいと思います。

おわりに

neroli_471.jpg
わたしが育てた薔薇より。ルージュ・ピエール・ドゥ・ロンサール。

今日の東京は、夏のように暑い一日でした。
母の介護関係の書類を整理して、少しだけすっきりしました。

ああいう書類は、どの程度の期間保存しておけばいいのか、今ひとつわかりません。
書類の整理は、本当に難しいです。

母は、家を建て替える間、茨城のわたしの家で仮住まいしていたので、
その間は、茨城の居宅介護支援事業所と契約し、
デイサービスやショートステイを利用していました。
その時の書類もまだ全部取ってあります。

母を介護するようになって、書類仕事が一気に増えました。
まだまだこんな生活が続くのでしょうね。

今日も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
母と娘の関係って、本当に複雑怪奇ですね(汗)。
時々迷宮に迷い込んだような気分になります。

いつも、コメントや応援ポチをありがとうございます。
更新の励みになっています。
それでは、また。

にほんブログ村 シニア日記ブログ 60歳代へ
にほんブログ村 主婦日記ブログ 60代主婦へ
にほんブログ村 ライフスタイルブログ シンプルライフへ
関連記事

Comments 4

There are no comments yet.
原田さよ

私から見るとネロリさんの暮らしは素敵であこがれの対象ですが、お母様はその上をいく豪華な暮らしでもう別世界です。
それでも、ご家族それぞれに悩みがあり葛藤があったのですね。どこのお宅にも物語があるのだとあらためて思いました。
ネロリさんのブログがなければ私のような人間には知り得なかったことが多く、たいへん勉強になります。ありがとうございます。

ブログに家族のことや友人ことを書くのは難しいですよね。1本の記事をしあげるのに、時間をたくさん使っておられるのではないでしょうか。
私もいつも、どこまでどう書いていいか悩みます。でも、書かないと伝わらないことも多く…。

上を見ればキリがない。けれど腐らず、足元を見てしっかり生きよ。
苦労し続けて生きてきた母からは、このようにいつも言われ、厳しく育てられました。
母は自分にも厳しい人でしたから反抗しにくかったです(ここ、重たくなってたらすみません!)

書類の整理はみなさん悩まれます。セミナーでもメッセージでもご質問いただくことが多いです。
紙って1枚はとっても軽いのに情報がいっぱいで重たいですよね。

またもやまとまらないコメントになってしまいました。
ついつい、素敵な記事に吸い寄せられてしまいます。花に飛んでくる蜂だと思ってください♪

そら

おはようございます☀
ネロリさんのお母様の超優雅な日々 私にとっても 別世界です。

義母は 70代にパーキンソンになって 10年近く当時 出来たばかりの介護保険制度を活用して 最後3年は施設暮らしでした。長男の妻の私は その10年は いつも重い荷物を背負わさせていました。義母が亡くなってから 空き家の掃除なども 私が担当でした。でも 相続に関しては 一切 私は関係していません。民法ではそうですから そのまま受け止めています。

ネロリさんのお母様は 介護など 全然なさらずに 多額の相続があったので 介護の苦労や介護費用など 知らないでいたと思います。私の考えですが その遺産 少しずつでも 3人のお子さん達に分けていればと思いました。

今日は とても暑くなりそうですね。お互い 身体を大切にしましょう。🌹

ネロリ
ネロリ
原田さよさま

さよさま、こんばんは。コメントをありがとうございます。

>私から見るとネロリさんの暮らしは素敵であこがれの対象ですが、
>お母様はその上をいく豪華な暮らしでもう別世界です。

いえいえ、それほどでもないのです。
ただ、確かに親の遺産が入ってからの母は、浪費家でした。
娘たちも結婚し、それまで我慢していたのが、一気に爆発したのかも。

土地柄もあるのかもしれませんが、母の友人や我が家近辺の方々は、
小金持ち、お金持ち、セレブ、そんな人たちが多いです。
駅が近いのに、タクシーを呼んで出かけるような人ばかりです(汗)。

土地の値段が上がってから引っ越してきた方が多く、
我が家のように、昔から住んでいる住人は庶民が多いです(笑)。
母はセレブな人たちと自分を比べ、羨ましかったのかも。

わたしも、そういう土地に住めるだけでも、感謝しないといけないですね。
あまりにも当たり前すぎて、気づきませんでした。
実家を建て替えてくれたジミ夫にも、もっと感謝の気持ちを持とうと思いました。

>ブログに家族のことや友人ことを書くのは難しいですよね。
本当にそうですね。
どこまで書けばいいのか、その塩梅が難しく、長々書いてもバッサリ削除したりしています(苦笑)。
お蔵入りになった記事もありますし。
でも、皆さん、そうなんじゃないかなと思ったり。

ここ数日で、母や妹たちをボコボコにしてしまいました(汗)。
わたしの中にも、ドロドロとしたマグマのようなものが溜まっていたのかもしれません。

自分だって、母や妹たちから見たら、いい娘でもいい姉でもなかったかも。
そう考えると、ちょっと反省しています。

>上を見ればキリがない。けれど腐らず、足元を見てしっかり生きよ。
素晴らしいお母様ですね!
いつも人と自分を比べてばかりいた母に、言ってきかせたいものです(汗)。
せめて、わたしはさよさまのお母様のようになりたいです。

>紙って1枚はとっても軽いのに情報がいっぱいで重たいですよね。
本当にその通りですね。
書類の整理は、悩みの種です。
さよさまのセミナーに参加できたらいいのになーと思います。

それから、ツイッターへのコメント、ありがとうございます。
初心者ゆえ、フォローって勝手にしてもいいものなのか、悩みました(汗)。
SNSにも、マナーというかお作法が色々ありそうで、少し心配です。
不作法をしてしまったら、教えてくださいませ。

今後ともよろしくお願いいたします。

ネロリ
ネロリ
そらさま

そらさま、コメントありがとうございます。

そらさまは、お義母様の介護で大変な思いをされたのですね。
わたしは、母の介護と重なったこともあり、義母の介護はそれほど関わっていません。
夫の実家の片付けは、ジミ夫、義妹、わたしの3人でやりました。

相続のことは、本当に難しいですよね。
ジミ夫家の方は揉めはしませんでしたが、
それはジミ夫が、長男風を振りかざすことなく、
妹ときれいに半分にしたからじゃないかなと思います。

ジミ夫の父が亡くなった時も、法律通りの相続でしたので、
ジミ夫にも、義妹にも、遺産が入りました。

対して、父が亡くなった時、母は当然のように相続放棄をするよう言いました。
わたしは、収入が半減した母の生活を思い、同意しましたが、
今から思えば、妹たちは不満だったのかもしれません。

母は、父の看病が大変で、親の介護どころじゃなかったと言っていました。
(その割に、遊んでいましたが、汗)

認知症になった祖母と同居していた義叔母(叔父の奥さん)は、
そのことに不満を持っていたと、義叔母が亡くなった後、従弟から話を聞きました(汗)。
そんなこともあり、母方の親戚とはちょっと疎遠です。

親の介護も遺産相続も、うまくやらないと禍根を残しますね。